短編小説– category –
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短編小説
『川霧の追憶』
目的の河原までは遠い。家を発つ時に感じた僅かな日差しは、車を降りると消えていた。曇天で吹く湿った風が、頬を触っていく。着慣れないダークスーツのジャケットは早々に脱いでしまった。それでも、息苦しさは拭えない。背中が重かった。ゆっくりと歩き... -
短編小説
『オートコントロール』
『ご当選、おめでとうございまーす!』 いきなりの祝福の声と盛大な音楽に驚き、持っていたスマホを取り落とした。 「…なんですか?」 スマホは床に転がしたまま、音声をスピーカーに切り替える。 『鈴木様はこの度、年末宝くじ「特別賞」に当選されました... -
短編小説
『#土用の丑の日×凍結×ワクチン』
俺はテーブルに置かれた2つの鰻丼を見て途方に暮れていた。 「喜んでくれると思ったのになぁ…」そっとつぶやく。 最近、いやずっと仕事が忙しかった。 妻の陽子もずっと機嫌が悪かった。 だから最近はあまり話すこともなく、日々がただ過ぎていった。 そん... -
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『甘い送り火』
『大丈夫?それじゃあ今年もよろしくね』 供え物の入った箱を、母から受け取る。両手いっぱいの箱の中身は仏花に落雁、果物…今年はさらにお菓子が増えている。 家を出て、薄暗くなってきた小道を行く。目的の広場までは遠くないし、慣れた道だ。 箱を抱え... -
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『軍帽』
黒塗りの車がそっと郊外の店の前で停車した。店といっても木造作りで小さく、明かりがついていなければ、この夜の闇に溶けてしまっていただろう。 「旦那様、お時間があまり。」 運転手は後部座席のドアを開け、降りてきた男に呟... -
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『連休最終日×渋滞×初恋』
俺は驚いていた。 車の助手席に美沙(みさ)が座っている。 緊張で震えそうになる手でなんとかハンドルを握り込んだ。 「な、なぁ、どうして来てくれたんだ?」 美沙は応えてくれない。 あの頃と同じように、長い髪を弄りながら不機嫌そうに窓の外を眺めてい...
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