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『甘い送り火』

『大丈夫?それじゃあ今年もよろしくね』

供え物の入った箱を、母から受け取る。両手いっぱいの箱の中身は仏花に落雁、果物…今年はさらにお菓子が増えている。

家を出て、薄暗くなってきた小道を行く。目的の広場までは遠くないし、慣れた道だ。

箱を抱えてゆっくり歩く。ふいに、生暖かい風が吹いてきた。髪にまとわりついて気持ち悪い。八月中旬、それでも雨が降らなくて良かったと思った。

「ねえ、ちーちゃん、音頭が聞こえるよ。もう踊りは始まっているんじゃないかい」

はっとして前を見る。そうだ、もうゆっくり歩く必要もない。箱を抱え直して足を速める。急がないと、置き場所がなくなってしまう。

道沿いに灯された提灯は不揃いだが、それぞれの色彩を持って揺れていた。

両親は自営業でこの時期も忙しい。だから、ご先祖様のお見送りをするのは私たちの仕事だった。

「ちーちゃん、浴衣着ぃひんの?おばあちゃん着せたるで。」

あんなもの、誰かと一緒じゃなければ暑苦しいだけだ。一人で着ていたって仕方ない。

「かわいいのになあ、ほら、いつもの子と踊り場いったらええやん」

中学までの話だ。その幼馴染みはメールの返信で、市内の大きなイベント会場に行ってくる、と答えた。高校の新しい友達と。

「残念やなぁ」

お盆休みに遊びに行く、ということを、自分の高校のクラスメイトから初めて聞いた。大きな夏祭りに参加したり、家族や友達と旅行へ行ったり。海外でのバカンスを楽しむため、もはや日本にいない人すらいる。

橋を渡った先の川沿いの一角。ここが広場で、供え物を入れた箱を置けるようになっている。そして、持ってきた箱の前でろうそくを立て線香を焚く。他の地域など知らないが、これがここの習わしだった。

『間に合ったー』

ふうっと息をつく。広場といっても狭いので、早めに場所を取らないと、他の人たちのお供え物で溢れかえってしまうのだ。

さっそく、ろうそくと線香を用意するが、なかなか火がつかない。風がライターの火をあおっていく。

『もうっ』そういえば、火をつけるのはいつもおばあちゃんに任せっきりだった。

遠くから音頭が聞こえる。真横から鐘をカンカン鳴らす音が聞こえる。笑い声が風にのる。それでも橋の下を流れる水の音が、はっきり聞こえるのはなぜだろう。

なんとか火をつけ終え、しゃがんで手を合わせた。うん、一人でもちゃんとできる。

一仕事終えた気持ちで勢いよく立ち上がると、今度は盆踊り会場に向かう。

やぐらの周りも人が増え、夜店の明かりが賑わっていた。

やっとわくわくした気分で屋台を巡っていく。ベビーカステラ、焼き鳥、ポテト、クレープ…目当てのかき氷屋の前で立ち止まる。ここはいつも蜜の量を調節してくれるので安心だ。今年はみぞれにするか、あ、レモン味もある、と迷っていると、危なっかしげな小さな浴衣姿が横切った。何かを握りしめている。

『きゃっ』『わっ』転びかけた女の子を支えていると、すぐに保護者がやってきた。

すいません、すいません、ありがとうございます。

いえいえ、転ばなくて良かったです。

女の子が手を引かれて歩いていく。『おばーちゃん、一人でちゃんと買えたよ』泣き顔だった顔に笑顔が戻っているのが見えた。手を繋いだ祖母に誇らしげに掲げていたのは、リンゴ飴だった。

かき氷の屋台の横に見慣れた赤いテントがある。

「おばあちゃん、またリンゴ飴が食べたいわぁ」思い出す、おばあちゃんの残念そうな顔。

「買ったらいいやん」

「もう歯が弱くて食べられへんわ。ちーちゃん、一度食べてみいよ」毎年交わした、おなじみの会話。

父も母も甘いものが苦手だ。だから、甘いお菓子をあまり食べずに育った。物心ついた頃、縁日で他の子がおいしそうに食べていた綿あめを、しぶしぶ買ってもらったことがある。半分も食べられなくて、やっぱり無理だっただろう、と怒られたのを覚えている。

「ちーちゃん、おいしいよ」

『おばあちゃん』不意に声がこぼれ、涙があふれた。

気づいていたのに。一緒にリンゴ飴を食べたかったことも、浴衣姿を見たかったことも。毎年できたことなのに。いつか、一人で荷物を抱えて、一人で送り火をするときが来るということには、気づかなかった。

ゆっくり、赤いテントに近づき、一番きれいな飴を一つ買った。恐る恐るかじってみるとやっぱり甘かった。でも、おいしいと思った。

ふと思いつき、食べかけのリンゴ飴にもう一度、きれいに透明カバーをかけ直し、送り火の広場まで舞い戻った。

箱の中のお供え物を並べ替えてスペースをつくり、包み直したリンゴ飴を横たえる。

よし、うまくできた、と満足そうに微笑む。『千夏(ちなつ)と半分こだよ、おばあちゃん』

送り火が飴の艶めきの中で踊っている。

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