『ご当選、おめでとうございまーす!』
いきなりの祝福の声と盛大な音楽に驚き、持っていたスマホを取り落とした。
「…なんですか?」
スマホは床に転がしたまま、音声をスピーカーに切り替える。
『鈴木様はこの度、年末宝くじ「特別賞」に当選されました!』
続くファンファーレが、古いワンルームに寂しく響く。
「…」
『あ、待って、切らないで!只今放送中の当選結果発表はご覧いただいてますかっ?』
もちろん見た。今、俺の前には電話に出たせいで破りそこなったくしゃくしゃの宝くじが転がっている。
『最後までご覧いただけましたか…?』
「は?」
疑いつつ、再びテレビをつけると、結果発表が華やかなエンディングを迎えていた。おさらいのように、再び表示されていく当選番号。そして。
「えっ」
最後に、ここ数日、見飽きて暗記した数列が流れていった。「どうして…」
『当宝くじを購入された際、同時に特別賞もお申し込みいただいたことは覚えておいででしょうか?』
そういえば、注文サイトで、追加料金なしの申し込み欄にチェックを入れた、ような気がする。
『繰り返しになりますが、この特別賞は現金のように、形あるものではございません。「幸運」に恵まれる確率を上げるサービスでございます。鈴木様の好みや希望を分析し、必要なものを適切な瞬間にご提供致します。その為、申し込み時にSNS他、個人情報活用の旨、利用規約に同意していただいたはずですが…?』
「あ、」思い出した。「チェックしたな…」
規約、ちゃんと読まなかったけど。
『それでは訪れる「幸運」をお楽しみください』
最後に恭しく言葉を残し、電話は切れた。
次に電話が鳴ったのは、細々と年を越し、二日たった午後だった。
「…今から、待ち合わせで初詣に行くところなんだけど。」
『そのようですね、お正月に申し訳ありません』
「ん?」
『いえ、賑やかな声が聞こえるものですから。それより、幸運はいかがですか?』
友達との約束まで時間がない。歩きながら考える。
昨日の、新年会の会場である居酒屋が、たまたま開店五周年記念で飲み代が浮いたこと。催されたビンゴゲームで商品券が当たったこと。トイレに立った際、タイプの女性とすれ違ったこと…これは関係ないか。それにしても、「幸運」とは微妙だ。
ドン!
誰かが肩にぶつかった。思わず、よろめく。正月の混雑だ、しょうがない、のだが。
「あー」
目の前で、俺のズボンにべったりついたわたあめを見て、小さな女の子が泣き顔になっている。スマホをしまい、どうしようか迷っていると、後から女性が駆けてきた。
「もう、先に行ったら駄目でしょ!大丈夫?…本当にすみません、ほら、あそこ。先にお母さんのところに戻っていて」
女の子を送り出す間も、俺はその女性から目が離せなかった。居酒屋で見た彼女だ。
「姪がすみませんでした。汚してしまって…」ハンカチでズボンを拭ってもらう。
「ダメですね…クリーニング代を」
「いえ、安物ですから、気にしないでください」慌てて言葉を返した。
本当にすみません、ともう一度頭を下げて、彼女が去って行く。
何もできずに立ちつくしていると、スマホの着信バイブが再び鳴った。我に返った。
「あの…」
「あ!」思いついたように俺の前に女性が戻ってくる。
「何かあったらご連絡いただけますか?」
その後、彼女の連絡先を握りしめ、俺は悠々と電話を折り返した。
「…以上が今回の実験結果報告です。被験者からもサービスには満足していると連絡が。」
ビルの一室に淡々とした声が響く。
「素晴らしい。このまま実験を重ねて昇華させれば、やがて『不運』も操作できるようになる。一部の人間だけが得をする、偏った社会を調整できるようになるだろう。」
報告を受けた男は、自分を囲む幾十のパソコン、モニターの青い光を受けて微笑んだ。
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